2015年12月にストレスチェック制度が義務化されて一年半ほど。2回目の実施を終えた企業もあるのではないでしょうか。私が入っている企業でも、面接指導のフェイズに入ったところがちらほらと出てきました。
もくじ
産業医とは長いお付き合いを
去年に面談をさせていただいた方が点数を回復していたり、部門としてデータが良くなっていたりすると、たとえデータの上だけでもちょっと嬉しくなります。良くなったけど、どうしてますか?どんな変化がありましたか?と、他の業務に余裕があれば聞いてみています。他の方にも汎化できることもあるかと思うので。
逆に、経時的変化で心配になるケースや、部門の実情を知った上で見るデータの意味であるとか、今後について考える材料もたくさん出てきます。
こうしたフォローや分析継続して入らせていただくケースの醍醐味ですし、長期的に関わることについては病院やクリニックの主治医と同様のメリットがあると考えます。新鋭企業こそ、是非産業医とは黎明期からの長い信頼関係を築いて欲しい、と思います。
ストレスチェックとは
そもそもストレスチェックとは何か、という説明をしていませんでした。
これまでは身体的な部分にフォーカスした健康診断のみが義務でしたから、「メンタルヘルス系の健康診断」のような理解をしている事業所が多いようですね。大雑把にはそういうことでも良いと思うのですが、もう少しだけ掘っておきましょう。
ストレスチェックの実施に関わるルールについては健康診断と似た部分が多いのですが、内容については実は健康診断ほど厳格な項目が決まっているわけではありません。
上記の3カテゴリの意味については、また機会を改めて説明します。ともかく、これらについての質問をするということです。標準的な57項目の質問というのはあるのですが、上記の条件さえ満たしていれば、現状では項目を増やしたり減らしたり改変したりしても良いのですね。また、実施に医師や保健師が関わることが必要ではあるものの、医療機関で受けるということは一般的には想定されません。これを読んでいる方の組織においては、オンラインでの受験というケースが多いのではないでしょうか。「自席でスマホで回答する」ケースも実例として経験しています。
事後対応としては、以下の3点が基本となります。
- 健康診断と違って、原則的に会社は個人の結果を見ることができない。
- 「高ストレス」と判定された個人にはその旨通知をし、希望した場合は医師の面接指導を受けさせねばならない(この場合、結果の開示が可能になります)。
- 実施が完了したら、その旨を労働基準監督署長に届け出ねばならない。
やっぱり、「新しい健康診断的なものが増えて、今回は実際に外出しなければいけないわけじゃないけど、アフターフォローが多くて面倒だなあ」と感じている担当者も多いようです。
結果を成果につなげる施策
義務ですから、健康診断にしても、ストレスチェックにしても、従業員に受けさせないというのは論外です。ただ、義務だから…というだけで、多少なりとも従業員の時間を費やし、取りまとめにも労を費やし、業者にコストを払って実施してもらっているということはないでしょうか?こうしたケースは少なくないように思います。これを改めると、コスト抑制や組織マネジメント改善の嚆矢となること請け合いなのですが…今回の本題は、ここです。
勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
このフレーズは野球の野村克也氏のことばとして有名ですが、古くは松浦静山という剣客の『常静子剣談』に見られるものだそうです。当然実際には、斬り合いでの敗北でも、野球の負けでも、経営上の困難でも、そして心身の健康問題であっても、「負け」や「異常」を単一の原因に帰すことが難しいケースが殆どでしょう。全くわからないこともあり得ます。しかし原因について全く考えないというのは、同様のケースを繰り返す蓋然性を高める行為であるように思います。仮説であっても原因について考えることが、次の状況を良くするためには求められるのです。
- 個人の技量不足により成果が上がらず苦しんだのならば、それを補う研修・指導を。
- 新人への組織的なバックアップ力が足りなくてメンタル不調を産んだのであれば、体制の立て直しを。
- 部門内での業務量の偏りが心身の負荷を産んだのであれば、可視化や平準化の施策を。
ひとつひとつの事例を分析し解決策を検討していく中で、全体の組織構造の問題が見えてきたり、打つべき施策が出てきたりするのです。
オンラインでのストレスチェックでは、全社での傾向や部門ごとのデータ集計を提供しているサービスが少なくありません。こうしたレポートも合わせて、対応を今日から始めましょう。とはいえ「負け」の原因がどこにあるどのようなものか、というのは非常に判断が難しい場合もあります。特にマスとしての傾向分析でなく、個別の対処についてはそういうことが起きやすい。例えばそれが個人の資質に由来するのか、或いは主には組織由来のものであるか(これは業務や関係との相対的な問題であることが多いので、絶対的に個人だけの問題ということは、本当はあまり考えられないです。逆もまた然りなのですが…ここでは比率の問題としてどちらか、ということで書きます)。業務上の困難に由来するものなのか、困難に立ち向かうはずのマインドが足りていないのか。こうした問題の分析は、横断的に事例を見ている(統計ではなく、事例を複数見ているということ)立場から行うのが最適であり、産業医はまさにそのポジションに居るのです。また、原因の改善には組織ぐるみのアクションが必要になることが多いと考えます。組織の構造や体質を知りつつも、内部の関係に関わる利害に物怖じせず、かつ親身にアドバイスしていけるのは産業医だから、といえるでしょう。
ぜひ経営に関わる方も現場のマネジメント層もそして新人さんであっても、目に見えている問題が改善しうるものであるという認識で、分析や対処に産業医を交えるという発想を持っていただきたい。定期訪問のたびに相談の機会はあるわけですが、わけてもたくさんのデータが生まれるストレスチェックはいいチャンスなのです。ストレスチェックは上述のように若い制度ですが、今後同じような結果が(個人結果にしても組織全体の分析にしても)毎年続いて出てしまうようでは、何もしていない、経営としてはゼロどころかマイナスです。ベンチャーのような若い組織であればあるほど、構造の病理が根を張る前に、分析ツールとしてのストレスチェック(・健康診断)を活用してほしいと考えています。